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Vol.1 株式会社ESSPRIDE 西川世一【第1回】

2017.07.20

社長のせなか

ニッポンを支える全国の社長たち。
ユニークな事業や目立った業績は世間に知られますが、背景にある考え方まではなかなか伝わりません。そこで本コーナーでは、語られなかった価値観や知られざるエピソードに焦点をあてます。
初回ゲストは、お菓子の総合エンターテインメント事業を展開する、
株式会社ESSPRIDE代表の西川世一さん。「社長のせなか研究家」の鈴木忍が“西川社長のせなか”に迫ります。

(写真左:鈴木、右:西川社長)

後悔とは“自分で決めなかったこと”

鈴木:西川さんとは長い付き合いになりますが、こうやって対談するのは、はじめてですね。

西川:そうですね。よろしくお願いします。

鈴木:今日は“いままで語らなかったこと、語ろうとしてこなかったこと”を聞いていきたいと思います。まず、「意識している経営者」っていらっしゃるんですか?

西川:基本はいないのですが、、(笑)
当時は、よく五反田のオフィスから、六本木ヒルズを眺めていましたね。

僕は2004年に名古屋から上京し、翌年から五反田の古いオフィスビルに入居しました。当時はIT系ベンチャーの“ヒルズ族”がもてはやされていましたが、ウチは小さなアナログ系企業。うまくいかずに悩んでいたときは13階の非常階段に座り、遠くに輝く六本木ヒルズの超高層ビルをぼんやりとながめていました。こういう話は社員にしたことがありません。

鈴木:そうだったんですね。面白いですね。

じつはその数年前、僕は六本木ヒルズの建設現場で働いてたんですよ(笑)。まだ起業する前で、毎日の食べるお金に困ってた時で、日雇い派遣として建築現場に行ってました。。本来、建設業派遣は禁止されていたはずですが、、(笑)人がたくさん駆り出されていましたね。

西川:まさか、鈴木さんがつくったビルを見上げていたとは!

鈴木:この話もはじめてでしたね。

では「経営者として後悔したこと」はありますか?

西川:んー、パッと思い浮かびません・・・・・・(しばらく沈黙)。
後悔というか、家業を継がなかったことは心の片隅にひっかかっています。

本来は長男の僕が継ぐべきだと思うんですが、いろいろあって現在のようなカタチになりました。
とはいえ、これでよかったと思いますよ。
僕が東京で新しい会社を立ち上げたからこそ、まず、三男が僕の会社に入り、グループ会社の社長になり、次男が家業を継いで今はグループ会社となって、兄弟揃って仕事をしてるわけで。おそらく僕がそのまま家業を継いでいたら、弟ふたりは別の会社で働いていたと思います。

鈴木:長男が起業したからこそ、三兄弟それぞれが同じグループで重要な役割を担っているんですね。でも、なぜ会社を継がなかったんですか?

西川:経営方針をめぐって、ケンカが絶えなかったです。
僕はデザインの専門学校を卒業した後、父が経営する紙器製造会社に入社。当時は名古屋の小さな会社だったので、ビジネスを成長させるために「東京に出て勝負したい!」と訴えていました。でも慎重な父は「軌道に乗ってから次に行けばいい」という考え方。
結局、反対を押し切り新事業で東京に打って出ました。

鈴木:経営的には、東京に営業所をつくって、社員として常駐させるだけですから、リスクは低いはずです。なぜ、父親は、ケンカ別れするほど反対したんでしょう?

西川:親子だからこそ、「おまえには、まだ早い」という感情が大きかったのかもしれません。ハッキリ聞いたことがないので、真意はわかりません。

鈴木:経営パートナーであり、親子でもある。という微妙な心情が働いたんでしょうね。
鈴木:後悔というのは「こうしなきゃよかった」「こうすればよかった」と悔やむことですが、そのときは、そういった感情でしたか?

西川:そういう意味では後悔はしていません。

この道を選んでよかった。そのまま父の会社にいたら、今の企業目的や理念もできなかったと思います。たぶん、後悔が多い人は現実がうまくいっていないので、「選択を間違えた」と過去の自分に責任転嫁しているんですよ。でも両方の道を同時並行で比較したわけじゃないし、できっこない。目の前の現実に全力を傾けていれば、きっと後悔しないはずです。

鈴木:そうですね。結局、人は、“自分で決めなかったこと”に後悔するんですよ。他人の意思で進んだことを悔やむ。

西川:あぁ~。確かに、そうですね。

言われてみれば、後悔していることが他にあります。自分で決めておけばよかったって。
鈴木:どんなことがあったんですか?

(第2回に続きます)

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