Interview

社長のせなか

牧野電設株式会社

牧野 長社長インタビュー

【第2回】 2018.06.08

 

“ケンカができる会社”になるために

 

鈴木:牧野さんは二代目と聞きました。いつ社長に就任したんですか?

 

牧野:2011年の9月29日です。本来は数年先に継ぐ予定だったんですが、父が突然亡くなってしまって。59歳の若さでした。

 

鈴木:青天の霹靂だったんですね。

 

牧野:実は亡くなる2週間ほど前、父に呼び出されたのです。そろそろ事業承継の話をしておきたいから、9月29日に税理士の先生と一緒に会ってくれと。その後、父は9月28日に他界しました。

 

鈴木:2週間前に体調を崩されたんですか?

 

牧野:いえ、亡くなる前日まで元気に仕事をしていました。しかも、私が担当していた工事の完了日が9月28日なので、翌日から身軽に動ける状況でした。そして、約束通り29日に税理士の先生と面会。「相続についても、お父さんから聞いています」と明かされ、驚くほどスムーズに手続きが進みました。

あまりにも不思議なので、いまだに母と話しますね。2週間前の父は、本当に生きていたのだろうかって。

 

鈴木:手はずを整えて、息子に負担をかけないように亡くなった―。映画『ゴースト』のように、思い残しがあって神様に2週間だけ延命させてもらったのかもしれません。

 

牧野:そんな気がします。その直後に新卒1期生の内定式があり、私も社長1年生として迎えることになりました。

鈴木:そこから、新しい牧野電設がスタートしたわけですね。企業文化も先代の頃から変わりましたか?

 

牧野:はい。以前は古い体質の中小企業。創業者の父と叔父が会社をひっぱり、「従業員を雇ってやっている」という感覚で経営していました。

特に叔父は能力が高く、人の何倍も働くのです。そのかわり、社員の教育が苦手でした。「全部オレがやるから、お前らは手伝え」という態度なので、いつまでも部下はお手伝いどまり。会社の業績は高いものの、実態は個人事業の延長でしたね。

 

鈴木:そんな組織をどうやって変えたんですか?

 

牧野:叔父は有能な創業メンバーなので、無用な衝突は避けなければいけません。まずは優先順位をつけて、少しずつ組織を変えていきました。ほかにも問題は多かったですから。

 

鈴木:どんな問題ですか?

 

牧野:そのひとつは、発注先の外注さんからナメられていたことです。当時は可能な限り外注先に頼んでいたのですが、足元を見られるのです。お金の流れでは、私たちが上流にいるはずなのに。

 

鈴木:彼らに技術力があるからですか?

 

牧野:そうですね。当時はウチが10名前後で、外注先が30社で60名程でした。ほとんどの仕事は彼ら抜きでは完結できません。つまり、外注先への依存度が高かったのです。そのため、「そんな額ではできない」と突っぱねられたり、契約したのに「報酬を増やさなければ、これ以上はやらない」とゴネられたり。とても悔しかったです。

外注さんが悪いわけではないんですよ。ウチが弱かったのです。お金の流れではなく、組織としての強さで力関係は決まると痛感しました。

 

鈴木:なるほど。発注先に交渉権があったわけですね。僕がWeb制作会社を立ち上げた頃を思い出しました。当時はお客さんからの無理難題をなんでも引き受けていたんです。そしたら、唯一の社員に反発されました。「前職では、営業は戦いと教わりました。なのに、社長はやられっぱなしじゃないですか?」って。

それで、こう答えたんです。「交渉力というのは、相手がいなくなったときに“どちらがより困るか”で決まる。ウチのように、なんでもやる会社は貴重だから、いなくなったときに困るのはお客さん。だから、最終的な交渉力はこっちにあるんだよ」と。

 

牧野:なるほど。ウチと逆の立場だったのですね。ただ、交渉力を求めていたのは同じです。私は発注先の外注さんとケンカできる体制をつくりたかった。金額が不満ならそれでいい。他へ回すか、自社でやると。

そこで社員を増やし、外注を減らしました。人が増えて売り上げは変わらないので、経営リスクは高まりましたが長い目でみると、組織として強くなったと考えています。

 

鈴木:最近の流れとして、外注を増やして本部機能を小さくする傾向もありますよね。先代の頃はいびつな組織だったかもしれないけど、利益率は高かった。そんな中で急にバトンを引き継いだら、変えることに勇気がいったでしょう?

 

牧野:たしかに、会社をあと10年もたせるだけなら、以前の体制は理にかなっていたでしょう。父の頃は10名前後で約13億円の売上をあげていましたから。しかし、自分も父と同じ年齢で会社を去るとするなら、あと30年は走り続けなければいけない。そう考えると、旧体制ではダメだと決断しました。

 

鈴木:将来への危機感から、組織改革に取り組んだんですね。

 

牧野:明確な戦略や戦術があったわけではありません。結構思いつきで、見栄もありました。バカにしてくる人を見返してやりたいという。いま思えば、そのための新卒採用だったかもしれませんね。社員を育てて、ノウハウを社内に蓄積するために。

 

(第3回に続きます)

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