Interview

社長のせなか

株式会社エンライズコーポレーション

吾郷 克洋社長インタビュー

【第2回】 2018.08.21

憧れの東京タワーから離れて

鈴木: 25歳で独立したんですよね。なぜ、父親からビジネスパートナーの紹介を受けたんですか?

 

吾郷:起業を考えていると父に伝えたところ、提案されたんです。オレの人脈でお前のビジネスを後押しするから」って。

 

鈴木:なるほど。お父さんから、どんな人を紹介されたんですか?

 

吾郷: 大手外資系ベンダー出身の優秀な人です。当時55歳でIT業界の有名人。私は25歳だったので、親子ほど離れていましたね。

ちょうど彼は、ひとりで会社を設立した直後だったんです。「好きにやっていいから、一緒にやろう。いずれ会社を譲るから」と誘われて。彼の人脈や経験は魅力でした。

 

鈴木:年齢も経験もまったく違うふたりが一緒になったわけですよね。どうやって共同経営をしたんですか?

 

吾郷:オーナーの彼がCEOで、私はCOO(最高執行責任者)でした。とはいえ、実態は父と息子のような関係だったので、やりたいことを提案しても「ダメだ!これをやれ」という調子です。ずっと上から抑えつけられている感覚でした。

 

鈴木:「好きにやっていい」という事前の話と、だいぶ違いますね。

 

吾郷:そのうちに、会社のビジョンにも不満を抱くようになりました。社員が10人くらいに増えても、大企業から人脈で仕事をもらうだけの下請け業務を続けていたんです。私は新しいことに挑戦したかったのに、ベンチャーマインドを感じませんでした。

 

鈴木:多くの起業家には「世の中を変えたい」とか「既存の業界に風穴を空けたい」とか、強い想いがあるものです。でも、その人は「独立して人脈を活かせば、サラリーマンより儲かる」という理由で起業したタイプだったんでしょうね。

 

吾郷:外資系出身のせいか、人の扱いもドライでした。私がひっぱってきた社員をあっさりクビにするんです。「ベンチャーはスピード感が大事だから、できないヤツは切れ」と。でも、できたばかりの会社に入ってくれたことを感謝すべきですよ。

 

鈴木:まったく考え方があわなかったんですね。ところで、広島のお母さんには、それなりの仕送りができるようになったんですか?

 

吾郷:はい。サラリーマン時代より稼げるようになりました。でも、今度は父の会社がつぶれそうになって。

 

鈴木:お父さんは大手通信系企業の部長でしたよね?

 

吾郷:私が当時の会社に参画した頃、父も大手通信系企業を辞めて起業したんです。社名はエンライズ。現在の当社(エンライズコーポレーション)とは別の会社です。

父は親会社の資金援助を受けて、優秀な人材を何十人も集めていました。しかし、人件費が高い割になかなか収益が上がらない。2年ほど経って親会社の支援が止まり、解散することになったんです。そのとき、父を助けたいと思いました。いまの自分なら、父を受け入れるためのハコをつくれると。

 

 

 

鈴木:父親を助けようとしたわけですね。当時の吾郷さん、おいくつですか?

 

吾郷:27歳です。やりたいことがやれず、そろそろ新しいチャレンジがしたい頃だったので、共同経営者に事情を説明しました。そして、当時いた会社を円満に離れ、エンライズソリューションズ(現在のエンライズコーポレーションとは別会社)を自ら設立し、父とその部下と、彼らがやっていた仕事を丸ごと引き受けたんです。

 

鈴木:スゴいなぁ。お父さんとしては、苦しくても息子に助けはこえない。そこをくみとって、新会社をつくって、お父さんに居場所を提供してあげたんですよね。新しい会社は、お父さんとの共同経営ですか?

 

吾郷:それまでの反省を活かして、やり方を変えました。会社というハコは同じでも、権限や予算は別々。父は前の会社でやっていたことを継続し、私はエンジニアの友人たちを招き入れて、システム開発や営業コンサルをやりました。

でも当時のビジネスモデルでは継続収入が得られず、人件費に悩まされました。自分の報酬を削らざるをえない月もあり、苦しい生活でしたね。母へ仕送りもしていましたし、東京タワーが見える家賃の高いマンションも借りていましたから。

 

鈴木:社長になって、上京した頃の憧れを実現させてたんですね。

吾郷:カッコつけて10階建ての高級マンションに住んだものの、生活はピーピーですよ。昼は会社で働き、夜はレストランでアルバイトをしていました。23時から3時くらいまで。

 

鈴木:それもスゴい。ほとんど寝る時間がないですよ。

 

吾郷:そんな生活が2年ほど続きましたが、それなりに楽しかったんです。友人と一緒にアルバイトして、毎日のように夢を語りあっていました。でも、疲れがたまったある日、料理中に包丁で指を切ってしまって…。救急車が呼ばれて、警察が店へ確認にくる騒ぎになりました。

そこで、ようやく身体の限界を悟ったんです。こんな二重生活を続けていたら、どちらの仕事も中途半端になってしまう。アルバイトは辞めて、東京タワー近くのマンションもひきはらいました。

 

鈴木:その後、生活は安定したんですか?

 

吾郷:安定というか、その後にエンライズソリューションズを離れました。アルバイトを辞めた頃、以前いた会社の元共同経営者から連絡があったんです。「君が離れてから業績が伸びない。頼むから戻って来てくれないか? ゆくゆくは必ず会社を譲るから」と。

 

鈴木:ゆくゆくは譲るって、以前と同じ誘い文句ですよね。

 

吾郷:ええ。結局、もう一度信じることにしました。私が統括するIT部門のスタッフを連れて、その会社へ戻ったんです。エンライズソリューションズに残った父は、しばらくして別会社を設立しました。

 

鈴木:吾郷さんの人がいいような、まわりに振り回されているような…。ことごとく、周囲の要求をしょいこんでますね。

 

 

(第3回に続きます)

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