
PROFILE
キャッチコピー
千葉県をバスケットボール王国にする
CEO STORY
Q1C. 事業内容を詳しく教えてください
千葉ジェッツふなばしは、千葉県船橋市をホームタウンに活動しているプロバスケットボールクラブです。現在、プロバスケットボールリーグB.LEAGUE(Bリーグ)のトップB1に所属しています。直近14期目の売上高は25億円、昨シーズンの利益は4千万円の事業規模です。このクラブには、エースでありキャプテンの富樫勇樹や地元船橋市出身の原修太が所属しており、彼らは日本代表チームに選ばれています。創設13年で天皇杯4回、地区優勝4回、リーグチャンピオン1回の合計9タイトルを獲得。入場者数は、B.LEAGUEが始まった2016年から最速で80万人を突破しました。たくさんのお客様が訪れるクラブです。2024年春には、南船橋駅から徒歩約6分の場所に、地上4階建、収容客数1万人規模のホームアリーナ「(仮称)LaLa arena TOKYO-BAY(ららアリーナ 東京ベイ)」を開業する予定です。
Q2D. どんな学生でしたか
アルバイトばかりしている学生でした。私は芸術系の大学に通っていたのですが、モノを作ところでしたので、将来はデザイナーとかアートディレクターを目指す人が多いんです。そういう仕事は体験しないと分からないので、非常に多くのアルバイトをしましたね。Webデザイナーや映画の美術スタッフ、イベントのスタッフなど、いわゆるエンターテインメントに関わる仕事です。アルバイトをして、自分が将来どういう仕事に就きたいのかを見極めました。一番印象に残っているのは、美術スタッフとしてスタジオで映画のセットを作ったことです。でも美術班というのは名ばかりで、ほぼ肉体労働。職業やポジションへの憧れはあったのですが、実際に仕事をやってみてやりたいこととやりたくないことの取捨選択はできたと思います。就職活動ではアルバイトの経験を評価してもらいました。
Q3E. 学生時代から社長になるまでの道のり(経歴)を教えてください
大学卒業後の2009年に株式会社MIXI(ミクシィ)に新卒で入社します。そのときは、インターネットのSNS「mixi(ミクシィ)」が流行っていたので、テック企業として人気がありました。Webプランナーみたいなサービスを作りたいと思って入社したのですが、配属されたのは営業。数年営業を経験した後、インターネットのサービスの中にゲームなどを取り込むアライアンスと呼ばれる業務に携わります。その後、身売りという話題が出るくらい会社の業績が厳しくなりました。そのときに「モンスターストライク」というゲームが出て、私は立ち上げメンバーの責任者になりました。マーケティングプロモーション、海外展開、国内のテレビCM、複数のイベント、グッズの作成などの施策を実施。そして関連会社の社長を何回か経験した後、スポーツ事業に関わるようになります。千葉ジェッツがM&Aによりグループ入りしてからは、私が直接社長になり現在に至ります。
Q4F. 最近感情が動いたエピソード
最近感情が動いたエピソードは、昨シーズンの天皇杯で4年ぶりに優勝したことです。本当に嬉しかったですね!スポーツの世界は絶対がないので、狙ってもその通りになるかどうかは、ビジネス以上にギャンブル性や不確実性が高い。しっかり優勝できたことは喜びでしたし、みんなが喜んでくれたことにも感動しました。スポーツクラブは、いろいろな人の思いや期待で成り立っていて、それに応えることは運営側にいると結構難しいことなんです。しかし、勝ったり優勝できたときには、唯一共通してみんなに喜んでもらえます。試合会場の収容人数は1万人ぐらいでしたが、5千人のファンが入ってくれ、熱を込めて応援していただきました。それが後押しになって優勝できたことは、素晴らしいなと感じましたし、なかなかない経験ですよね。
Q5G. 汗と涙の塩(CEO)味エピソード(経営における最大の危機)
2020年に社長に就任したときが最大の経営危機だったかもしれません。ちょうどコロナに突入した後のことでした。前の年に試合を中断した状態でシーズンが終了していて、いつ再開できるか分かりませんでした。基本的にこのビジネスは、試合に対してスポンサードを募ります。試合がなかったら、ビジネスとして成り立たない部分が大きい。コロナが始まったときには、コロナとプロスポーツクラブの今後の展望・展開が不明瞭な状況でした。その中で社長に就任してかじを切っていくのは、結構ハードでしたね。試合ができたとして、「会場で感染者が出たらどうするのか」「チーム内で感染者が出たらどうするのか」と考えなければならないことがありすぎて、精神的に追い詰められました。人を集めて熱狂させるのが我々のビジネスですが、それが完全になくなることが大きな危機でした。
Q6H. 経営危機をどのように乗り越えましたか
経営危機は「やるしかない」「前に突き進んでいくしかない」という気持ちで乗り越えました。この先どのような状況になるのか分かりませんでしたが、先頭に立って会社を引っ張っていくしかありません。ダメならダメで、引き返すのか、立ち止まるのか、臨機応変に対応していきました。時間が解決してくれた部分もありますが、歩みを止めなかったことが、結果的に良かったと思います。まずは、安全安心な会場で試合をしっかり行うこと。コロナの感染ガイドラインなどに対応しました。お客様には制限をお願いせざるを得ませんでしたが、それ以上に「いい試合をしよう」「すばらしいエンターテイメントを提供しよう」というクオリティーに手を抜きませんでした。収入が減るとコストを削減するのが普通ですが、コストを変えずに協賛をきちんといただけるような状態を作ったことがポイントだったと思います。
Q7I. 社員とのエピソード(名物社員紹介)、社員への思い
名物社員は、社歴が長くファンから「イケメン広報」と呼ばれている三浦です。三浦に限った話ではありませんが、社歴の長いメンバーは、チームに対する愛情が深い。クラブファーストというか、愛社精神、コンテンツが好きという思いが強く、自分事として仕事に取り組んでいます。寝る暇がないのではと思うくらいX(旧Twitter)の更新やお客様の返信をしていました。取りつかれたようでしたね。個人の愛が働き方に表れていて、結果的にファンが増えました。仕事に取り組む中で、ファンが増えるような要因を自発的に作っていることは尊敬します。当時は人数が少ない中で、千葉ジェッツのために身を粉にして働いているメンバーが非常に多くいました。指示されたタスクだけではなく、自ら考え行動する姿勢は本当に素晴らしかったと思います。
Q8J. リーダーシップのスタイル
ビジョン型に近いと思います。行くところを示し、その目的地にたどり着く方法はボトムアップで考えてもらうやり方をしています。これは自分のスタイルというよりは、千葉ジェッツに合わせているという部分が強いです。やり方は、組織の状況やその成り立ちを踏まえて変えています。千葉ジェッツは、私が就任したときの社員数は30人くらいでしたが、これまでトップダウンで大きくなった組織です。私が就任してからは、事業規模を拡大し人数を増やしていくフェーズに差し掛かったので、組織体系を切り替えるときにビジョン型を取り入れました。M&Aをする前からいた社員は、最初は戸惑っていました。業績が苦しくなってM&Aをしたわけではないので、社員は自分たちが過去にやってきたことに自信があります。その中でやり方を変えていくのは、苦労した部分ですね。
Q9K. 事業を通して実現したい夢
夢は「千葉県をバスケットボール王国にする」ことです。バスケットボールが地域に根付けばその地域が盛り上がりますし、地域経済の規模も大きくなります。それによって競技人口やファンが増えれば、地域経済に跳ね返ってきて私たちも潤います。いわゆる「三方良し」の理念です。この夢を我々のフランチャイズエリア千葉県船橋市を中心に作っていきます。そして、当社のミッションである「みんながハッピーになる」を実現していきたいです。また、子どもたちにバスケットボールを好きになってもらうため、地元の船橋市や千葉市の保育園や幼稚園に、ミニバスケットゴールを積極的に寄贈しています。他にも、市内の小中学校のバスケットボール部にバスケットボールやビブスを提供して、プレイができる環境サポートをしています。これらの活動が夢の実現につながることを期待しています。
Q10L. 夢を実現するために武器となる社長の強み、こだわり
私の強みは、その時代のトレンドをしっかり取り入れることです。技術の進化は速く、コロナ禍で働き方も大きく変化しました。こうした状況では、物事を柔軟に取り入れる考え方が重要だと思います。当社はスポーツクラブなので、体育会系的な「人が集まった方が良い」「みんなで一緒にやる」という意識が強いんです。それは否定しませんが、リモートやフルフレックスの方が効率的です。固定観念にとらわれず、達成したいことへ向かう最短ルートをとるようにしています。昔は知識のある人が評価されていたと思いますが、今はインターネットで情報が得られます。そうすると、知識を「生かせる人」「応用できる人」であることが重要です。私は技術革新に興味を持ってインターネット業界に入った経緯もあり、その経験からIT技術を取り入れようという意識が強いと思います。
Q11M. 社会貢献、地域貢献、SDGsに関して実行していること
私たちの取り組みの一つが、「『ささえる』からはじまる社会貢献を」をスローガンに掲げた社会貢献プロジェクト「JETS ASSIST」です。最近の活動は、いちごの苗植え、バスケットボール教室の開催、船橋市立特別支援学校へのベルマーク寄贈などを行いました。クラブとしてボールやビブス、ゴールを寄贈していますが、選手たち自身も積極的に参加しています。選手の原修太や荒尾岳は、自分も地域に対して何か貢献できることをしたいと言って、さまざまな活動を考えクラブと一緒に取り組むようになりました。原の「ハラの輪」プロジェクトでは、長期療養中の子どもがいる病院にミニゴールを配っています。また、自費で母校にボールをプレゼントしています。これらの活動は、やらされているものではありません。選手たちがやりたい気持ちになってくれたことは本当に嬉しいです。
Q12N. 自社の強み、面白い制度
当社の強みは、「千葉ジェッツを好きな人が多いこと」です。多くの社員がコンテンツに対して愛情を持っており、「千葉ジェッツはこうだよね」という共通イメージが根付いているのも強みです。面白い制度には、エンターテインメントを体験してもらう「ジェッツ制度」があります。お客様へのホスピタリティは、自分が体験しないと良い悪いがわからないと思うんです。それを体験してもらうのがジェッツ制度。コンサートやディズニーランドなどのチケットを1人年間3万円まで補助します。また、星が4つ以上ついている高級ホテルや旅館を利用する際にも、1人年間3万円までの補助があります。良いサービスを提供するためには、良いサービスを受けるしかありません。人を感動させるためには、自分が感動した経験をするのが一番であるという考え方です。体験してきた人には簡単にレポートをしてもらい、社内でナレッジシェアをしています。
Q13O. 若者に望むこと、共に挑戦したいこと、メッセージ
若者は、「一度いろいろ経験してみて、判断していく」というプロセスを踏むことが重要だと思います。情報が多い時代になり、やる前に結果が見えてしまうこともありますが、自ら行動を起こしてみることでできることもあると思います。やってみることで学べることは非常に多いですし、経験値は裏切りません。経験を蓄積していけば成長曲線が上向いてくるでしょう。食わず嫌いにならずに、若いうちにどんどんいろいろな経験をしてほしいです。私が社会に出たときは、ITの労働環境がハードでした。先輩に言われたことは1回やってみようという精神で仕事に取り組んでいましたが、そのうちの7割ぐらいは意味のないことなんですよね。しかしこれらの経験のおかげで、その後責任ある仕事を任されるようになり、精度の高い選択肢の絞り方ができるようになりました。
Q14P. 家族へのメッセージ
家族とはこれからも仲良く楽しく過ごしていきたいと思っています。体が資本というように、プライベートあってのビジネスです。プライベートが充実していないと仕事にも影響が出ますし、両輪が順調に進んでこそすべてがうまくいくと信じています。仕事で家を空けることがありますしいろいろ迷惑をかけていますが、一緒に過ごす時間は大事にしています。家族との時間があるから、今後も仕事を頑張れますしね。娘が1人いますが、私も妻も働いているので、夜寝るときや遊ぶときにはどうしてもどちらかが面倒を見ることになります。そのため、3人で過ごす時間を娘がすごく喜んでくれるんです。3人で市民プールに行くだけでも大喜びします。家族みんながそろって過ごす時間は何気ないですが、尊いなと感じますし、そういう時間をなるべく増やしていきたいですね。