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福岡県

株式会社 山口油屋福太郎

代表取締役社長

田中 洋之

HIROYUKI TANAKA

日本の食で世界を笑顔に!

食を通じて世界の人を笑顔にすることです。ユネスコの無形文化遺産になった日本の食は、世界から注目されています。とはいえ、日本の小さな生産者や加工業者の優れた逸品や開発した商品はまだまだ知られていません。日本をはじめ世界の一人でも多くの人に、このような商品を知ってほしいということが一貫した思いです。事業をする上では収益面など様々な問題がありますが、やはり食べてもらって「おいしい」と言われることが作っている人にとっては一番嬉しいものです。「こんなにおいしい食べ物がある」と知ってもらえる、そしてみんなが笑顔になる。それが最終的なゴールで夢です。

FAVORITE

PROFILE

  • 企業名

    株式会社 山口油屋福太郎

  • お名前

    田中 洋之

  • 生年月日

    1969年5月28日

  • 出身地(都道府県)

    愛媛県

  • 出身校

    カリフォルニア州立大学フレズノ校

  • あだ名

    ヒロ、Jay(米国時代)

  • キャッチコピー

    真撃明朗で前向きなさみしがり屋

  • 日本の食で世界を笑顔に!

  • 社名の由来

    山口家が創業をした、食用油の製造・卸売問屋であるため

  • 人生成分6つのキーワード

    海、留学、結婚、色々な塾、お菓子

  • 部活、特技

    ハンドボール部

  • 趣味

    サーフィン、スキー、旅行

  • 尊敬する人

    両親

  • 好きな映画

    Meet Joe Black

  • 人生のバイブル

    Forbes

  • テーマカラー

    Navy

  • ゲンかつぎアイテム

    靴ひもは右から

  • パワー飯

    お肉

  • 好きなお菓子

    チョコレート

  • 底力の源

  • 苦しいとき励みになった経営のテーマソング

    Everlasting Dream(by葉加瀬太郎)

  • 好きなファッションブランド

    ラルフローレン、ディーゼル、エルメス

  • 子どもの頃の夢

    外交官

  • 生まれ変わったら何になりたい

    人間

  • 休みの日の過ごし方

    仕事以外を色々

CEO STORY

Q1

どんな学生でしたか

小さい時から協調性があったので好かれることも多かったのですが、幼稚園から今まで他人に迎合することはまったくありませんでした。田舎の小学校に通っていたのですが、中学受験をして進学したのは自分が初めてでした。中高一貫校卒業後も日本の大学へは行かず、留学したのも私が最初。「変わり者」なのかもしれません。きっと母方の祖父の血を引いているのだと思います。祖父は大学卒業後判事になったのですが、その後独立して貿易の会社を起こし、アメリカと取引をしていました。私が生まれたときには他界していましたが、話を聞いて自分と重なる部分があり「なるほど」と思ったんです。祖父のこともあり、世界を見ながら仕事をして、将来を描きたいという思いをずっと持っていた学生でした。

Q2

学生時代から社長になるまでの道のり(経歴)を教えてください

アメリカの大学を卒業した後、現地に残って世界を駆け回る仕事がしたいと思い就活をしました。何社か内定をもらい、最終的にホテルや視察旅行の手配をするランドオペレーターの仕事に決めました。でもやはり日本で仕事の経験を積みたいという気持ちがあり、東京転勤を希望して日本に戻ってきたんです。その後、福岡へ行くことになり、次はカナダへの転勤が決まっていました。仕事は超楽しかったんですけど、結婚も考えると海外で生活するイメージが描けなかったんですよね。そこで転職を考え、日本や世界にリゾートを展開するクラブメッドに入社しました。その時、他己紹介をしてくれた彼女と知り合い、そして妻と出会い結婚したんです。それから5年ほどして、どうしても家業を手伝ってほしいと妻に頼まれ今の会社に入りました。娘婿として社長になったというわけです。妻の力が強かったのか?私が優れていたのか?理由は分かりませんが、縁あって今に至ります。

Q3

最近感情が動いたエピソード

4日間の出張から戻ってきて一気に見た「First Love初恋」というドラマです。「やっぱり運命って絶対にあるんだ」と感じました。というのも、妻と出会ったときも運命だと思ったからです。社長に就任しコロナもあり赤字で頑張らなければというときに、妻が急逝してしまいました。妻が亡くなったときは、4人の子どものシングルファーザーになって…胸にどうしようもない思いがこみ上げてきました。妻を笑顔にするために仕事をしてきたので、生きる糧がなくなってしまったという気持ちでした。しかし、妻には自分と結婚してもらって社長にまでさせてもらったので、今は私がこの会社でしっかり仕事をすることが「宿命」「ミッション」だと思い頑張っています。

Q4

汗と涙の塩(CEO)味エピソード(経営における最大の危機)

社長に就任した時赤字になり、その後コロナ禍でさらに赤字が膨らんだことです。その時打つべき手はすべて打ちました。商品の構成を変えたりパートさんに退職の話をしたり。スタッフが辞めていく中、踏みとどまらせることもできなかった。2年間昇給もできず一度は賞与をスキップしたこともあります。経営者としては最低ですよね。社長に就任したときは会社をもっと「筋肉質にしたい」と思っていました。「レジリエンス」という意味も少し入っています。「やるぞ」と決めて頑張りましたし汗もかきました。でも、結局自分一人じゃ無理なんですよね。この時周りのみんなが協力してくれたことには、本当に感謝しかありません。

Q5

経営危機をどのように乗り越えましたか

一番良かったのは、採算が合わないところを上手にやめたことです。会長が社長だった時代から、全体で儲かっていたら良いという考えでやってきました。でも私自身は、キャッシュアウトするので、あまり良くないなと思っていたんです。やるべきことを聖域なくやり、今の形をつくり上げました。「経営者って孤独だよ」と社長になる前に言われましたが、本当ですね。みんなが路頭に迷わないように、会社を潰してはいけないと必死でした。そんな時、経営学者の田坂広志先生の「自分の人生は、大いなる何かに導かれている」という言葉を思い出したんです。この困難も「自分にとっては意味がある」「今ここでいろいろなことを見直していこう」と前向きに捉えることができました。

Q6

社員とのエピソード(名物社員紹介)、社員への思い

言い方が高圧的でろくでもない営業スタッフがいるんですが、その彼が名物社員ですね。昭和の人間ですが、私も妻もものすごく彼が好きで。とても心が熱く、アイデアを沢山持っている人なんです。色々な事情があって、前社長からは目の敵にされていましたが仕事をガンガン取ってきてくれます。私が入社して1年目、彼と一緒に営業に出ていた時のこと。医療事業給食をメインとしてゼロから始めようとしたのですが、金額も合わないし採算も取れそうにありませんでした。でも彼は「卸売事業として新たなことをやっていかないといけない」「そうしないと将来がない」と語り、私の考えとリンクしました。そうしてこの事業を始めたのですが、初年度の数字は数百万円。それが17年たった今では10億円になります。素晴らしいですよね!

Q7

リーダーシップのスタイル

調和を取りながら新しいことをガンガンやっていくのが好きです。しかし、本当はサーバントリーダーシップ的なものをやりたい気持ちが強いですね。スタッフがやりたいことや成長していきたい部分を支える役目ですね。「社長は強くないとダメ」と言う人もいます。でも、心が優しく常に笑顔でみんなを支えられることが、強い人間じゃないかと思うんですよね。一人一人の成長を見守り、今よりも高い志を抱けるような環境をリーダーとして作っていきたい。そのために、見えないところで頑張っているスタッフに目を向け平等に評価する制度を導入していきます。

Q8

事業を通して実現したい夢

食を通じて世界の人を笑顔にすることです。ユネスコの無形文化遺産になった日本の食は、世界から注目されています。とはいえ、日本の小さな生産者や加工業者の優れた逸品や開発した商品はまだまだ知られていません。日本をはじめ世界の一人でも多くの人に、このような商品を知ってほしいということが一貫した思いです。事業をする上では収益面など様々な問題がありますが、やはり食べてもらって「おいしい」と言われることが作っている人にとっては一番嬉しいものです。「こんなにおいしい食べ物がある」と知ってもらえる、そしてみんなが笑顔になる。それが最終的なゴールじゃないかと思います。

Q9

夢を実現するために武器となる社長の強み、こだわり

どんな時も自分が笑顔でいられることだと思います。アメリカに留学していた時も「ハイ、スマイリー」(「やあ、笑顔さん」)と言われるくらいです。苦しい時も口角を上げれば元気になるじゃないですか。他には、常に真摯明朗であること、謙虚で明るく朗らかでいることを徹底しています。笑顔を向けられて嫌な気持ちになる人っていないと思うんですよね。ですから、これからも笑顔で世の中を渡っていこうと思っています。笑顔があれば、食を通じて世界の人を幸せにすることもできるし、そうやって夢を叶えられたら嬉しいですね。

Q10

社会貢献、地域貢献、SDGsに関して実行していること

何社かで立ち上げた「FUKUOKA FOOD TEC LAB」(福岡フードテックラボ)の運営や太陽光発電、ご当地シリーズの商品開発などです。「FUKUOKA FOOD TEC LAB」では、テクノロジーを使って食のクオリティや効率を上げ、おいしいものを提供しながら食品ロスをなくすことをテーマに活動しています。また、温室効果ガスの削減のために太陽発電による電力の供給も工場で始めました。現在30%の電力を太陽光発電により賄っています。そしてご当地シリーズでは地域の特産品を使った「めんべい」を作り、生産者を増やすことに貢献しています。他にも、流通しない傷のある商品は通常捨てられてしまうのですがピューレにして「めんべい」を作り、有効利用しています。

Q11

自社の強み、面白い制度

自社の強みは「真面目に全部しっかり取り組む」という姿勢を持っているスタッフが沢山いることです。「うそをつくより、つかれる方が良い」「だますより、だまされた方が良い」という言葉がありますが、これを実践している人が多いと思います。当社には「懸命に働き人を助ける」という社是があります。真面目に働いていると損をすることもあるでしょうが、スタッフの姿勢とこの社是があるからこそ、会社が100年以上続いてきました。お客様には「うちのことをきちんと見て仕事をしてくれる」とお褒めいただきます。お客様目線に立って仕事をするので、どのスタッフも信頼されていると自信を持っています。

Q12

若者に望むこと、共に挑戦したいこと、メッセージ

若者には「自信と誇りを持てば成長できる」というメッセージを伝えたいですね。そして、そんな若者と一緒に仕事をしたいなと思います。「今の若い人は…」と説教をする人がいますが、若い人たちは私たちよりも向上心が高くて多様性もあります。成長したいという真面目でピュアな思いを持っている人が多いのではないでしょうか。もともと若者を斜めから見ることはしませんでしたが、今まで以上に決めつけることなく、彼らの成長に貢献できればと思っています。人生が豊かになるのであれば、会社を踏み台にしても良い。成長するための通過点であっても良いんです。少しでも「成長することができた」と思ってもらえるような会社にしたいし、私自身もその手助けができるような人になりたいです。

Q13

家族へのメッセージ

家族には「自分の思いを偽ることなく、自分の道を進みます」とだけ伝えたいですね。きっとみんなは「はい、はい、はい」と言うと思いますけど。「どうぞ、どうぞ」という感じで。私は自分がこうと思ったこと以外はしたことないので子どもたちもそれをよく分かっています。「パパ、何言っても聞かんもんね」と。子どもと妻はそんな自分をずっと見守ってきてくれました。子どもたちにも「自分の思うように生きなさい」「夢への思いを強く持つことが大事」と伝えています。

COMPANY PROFILE

社名
株式会社 山口油屋福太郎
社長就任
平成31年2月
業種
卸売、小売
本社
〒812-0893 福岡市博多区那珂6丁目27-16
拠点活動
https://www.fukutaro.co.jp/
採用情報
新卒・中途