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東京都

株式会社MIT

代表取締役

前田 一郎

ICHIRO MAEDA

目指せ!!5,000社の笑顔

FAVORITE

PROFILE

  • 企業名

    株式会社MIT

  • お名前

    前田 一郎

  • 生年月日

    1976年12月3日

  • 出身地(都道府県)

    鹿児島県

  • 出身校

    鹿児島県農業大学校

  • あだ名

    マエちゃん

  • キャッチコピー

    人脈の四次元ポケット!!マエダもん

  • 目指せ!5000社の笑顔

  • 人生成分6つのキーワード

    仕事、飲み、子供と遊ぶ

CEO STORY

Q1

あなたを良く知る人物に紹介してもらってください(他己紹介)

私を紹介してくださった方は、GOSSO株式会社 代表取締役 藤田健さんです。18年前にコピー機を販売したお客さんでしたが、社員にミスがあり、クレームの対応でお酒を飲んだところからお付き合いが始まりました。このとき藤田さんは、「私のお酒に最後まで付き合えた人は誰もいない」と言いましたが、2人で4件のお店を回り、芋焼酎やウイスキー、ワインなどを次々と空けたことで認められ、仲良くなりました。その後藤田さんの会社は急拡大しましたが、私は足踏みしていました。会社の成長速度が違ったので会わない時期があったんです。藤田さんに電話しても出なかったり、折り返しがなかったりしました。私に会うメリットがないのだと実感しましたね。でも、追いつくチャンスだと思ったんです。そして2年後、また仲良くなり、お互いの気づきを共有できる間柄になりました。藤田さんの役に立っている人脈の3~4割は、私が紹介した人だと思います。べったりじゃなく、お互いに認め刺激を与え合える仲間です。

Q2

どんな学生でしたか

明るく元気な学生だったのですが、「恐怖の風紀委員長」と呼ばれていました。というのも、木刀を持って校門に立ち、不良を殴って憂さを晴らしていたんです。友達がカツアゲされたときは、お金を取り返す代わりに手数料を半分もらうようなところもありました。当時、野球部だったのですが、部費を上げるために生徒会メンバーの8割を自分で選び、自らも会計を担当して2倍にしたこともあります。生徒会費も3倍にしました。これは高校1年のときのことです。高校3年のときは、先輩たちが問題を起こしたために中止になっていた修学旅行を復活させました。親御さんからの評価が高かったこともあり、PTAに行って説得しましたね。政治力は非常に高いです。弱い者いじめは一度もしたことがありません。

Q3

学生時代から社長になるまでの道のり(経歴)を教えてください

高校を卒業した後は、農業の専門学校に入って勉強をがんばりました。実家はお茶をつくっていたのですが、非常に貧しかったこともありアルバイトにハマっていました。当時、鹿児島のローソンの時給が550円だったところを、4000円もらっていましたね。鹿児島はお茶の生産が盛んですが、その中でもベスト3に入る問屋さんでバイトリーダーをしたこともあります。人手が足りないときには「時給1500円もらってあげるから働かないか」と同級生や下級生に声を掛けていました。「アメとムチ」をうまく使いながら、人に言うことを聞かせるのが得意でしたね。あだ名は「将軍」や「皇帝」でした。専門学校卒業後はJA鹿児島県経済連に就職。それから1年余りで退職し、NTTの代理店であるOA機器販売会社に入社したんです。その後24歳で独立開業して現在に至ります。

Q4

最近感情が動いたエピソード

最近感情が動いたエピソードの一つは、私の子どもが友達に打ち勝っている姿を見たことです。親御さんや子どもの集まりなどで、私の子どもが友達から小突かれたり、押されたりしているのを見たんです。そこで「やられっぱなしは良くないからやり返せ」と教えました。「おまえはすばらしい人間だから、嫌なことをされたら一発やり返せ」と。ボクシングや言葉の応酬話法を教えたら、子どもが相手を倒してきたので、安心しましたね。もう一つは、コロナ禍で売り上げが不安定なとき、仲間がお客さんを紹介してくれたり、助けてくれたりしたことです。こんなにも助けてもらえて本当にありがたいです。

Q5

汗と涙の塩(CEO)味エピソード(経営における最大の危機)

14~5年前、ITバブルがはじけて、リーマンショックが起きたとき、口座にあった8千万円が13万7千円になったのが、経営における最大の危機でした。当時、ある飲食店に商品を販売するために、8千万を使って新しい契約をとったんです。多額の支出ではありましたが、導入費用で2億、維持費用で月500万が入ってくる予定でした。ところが設置1週間前、納入する製品を製造するメーカーが倒産しそうだと知りました。月末の支払は4千8百万円あるのに、口座には13万7千円しか残っていません。契約もなくなり、2億が入ってこなかった。それでもまずは、お客さんのことを真っ先に考え、契約を守れなかったことを許してもらいに飲食店に行きました。オーナーに「ふざけんじゃねえ」といわれながら、2時間謝り通しだったのを覚えています。そのときが一番きつかったですね。「何とかするしかない」という以外の選択肢はありませんでした。それでも、そのオーナーは困っている私を見て、コピー機や電話機を買ってくれただけでなく、15社に電話して「買ってやってくれ」と頼んでくれたんです。しんどかったけれど、いろいろな人に助けてもらいました。

Q6

経営危機をどのように乗り越えましたか

経営危機を乗り越えられたのは、2年半の間、5千万単位のお金を鹿児島の先輩に借りては返しを繰り返したことです。貸してもらえなかったら、倒産していたと思います。なぜ先輩が貸してくれたのかというと、「人を裏切らない」という私の人間性を見抜いてくれていたからだと思います。同郷であることも理由の一つでしょう。そのときは貸してもらわないとアウトだったので、「お願いします」という気持ちしかありませんでした。先輩は「何とかしろよ」といいながらも、毎回すんなり貸してくれました。それは、私が電話やコピー機、設計内装など7~8の事業の営業を死ぬほどやっていたからだと思います。

Q7

社員とのエピソード(名物社員紹介)、社員への思い

昨年の5月から共同経営をしているゼネラルマネジャーの矢野さんが名物社員です。私の会社は自分を含めて3名のメンバーで動いています。経営者は、社員を舞台に立たせて監督をするのが役割かもしれません。でも私は、大道具から何から人に任せきれないところがあります。厳しい言葉で存在価値を否定したり、切り刻む言い方をしたりして、これまでの社員には悪いことをしたという思いがあります。新しく入ってきた矢野さんは、もともと経営者だったこともあり、自分の悩みやしてほしいことを感じてくれる人です。友人でもあるので、耳の痛いことも言ってくれます。実績もあり、自分もそれを認めているので、「話を聞いておかないと」と思える初めての人です。自分は「とりあえずやってみる派」。彼は「じっくり考える派」。真逆の性格なので、一緒にやったら面白いだろうなと思っていました。それが今、会社の経営に良い影響を与えています。

Q8

リーダーシップのスタイル

リーダーシップのスタイルは「率先垂範」です。自分が動くということですね。人を育てようと思ったことも一瞬ありますが、46歳になって変われないと諦めました。ある程度自分でやっていこうと考えています。今年の2月に入社した社員は、総務として採用しました。工事現場にも行ってもらい、システム系の仕事も任せています。1から10まで指示しなくても、ポイントを3つ、4つ言えば動いてくれるとても優秀な人です。

Q9

事業を通して実現したい夢

実現したい夢は、母子家庭に激安のマンションを貸す仕組みをつくることです。1階は幼稚園、2階は小中学生の塾、3階は高校生の塾があるようなマンションを考えています。子どもは育つ環境が大切だと思っています。このマンションによって、「社会から見捨てられていない」「誰かが助けてくれる人がいる」と、子どもが思える世の中をつくれたら良いですね。ただ、自分の会社だけで実現するのは100%無理だと思います。今は、盲導犬総合支援センターや児童養護施設に年間100万円くらいを支援していますが、これが限界です。それなら稼ぐしかない。運用により爆発的にお金を増やして、自分で1件だけでもトライしてみる。それを世の中にアピールして「未来の子どもたちにお金を使いませんか?」と呼びかければ、賛同してくれる人もいると期待しています。

Q10

夢を実現するために武器となる社長の強み、こだわり

私の強みは、100%「人脈」です。こだわりは「約束事は守る」「人によって態度を変えない」「できない約束はしない」この3つですね。経営者は1時間当たりの単価が高いので、時間を奪われることが一番嫌いです。世の中には、契約にならない人脈を紹介する人が多いですが、私が「人を紹介してほしい」と頼まれたときは、相手の要求に応えていることが前提です。お客さんの時間を奪わないために「半年時間をください」「ダメだったら諦めてください」と言って、余計な期待を持たせません。そして、その人が求めているエンドユーザーを探します。そのようにして、自分の信頼度を高めてきました。

Q11

夢を実現するために武器となる社長の強み、こだわり
社会貢献、地域貢献、SDGsに関して実行していること

児童養護施設への寄付をしています。また、一般社団法人盲導犬総合支援センターにカレンダーを発注したり、イベントがあったときに寄付をしたりして貢献しています。「夢」についてお話したときに触れましたが、2つの施設を合わせて年間100万円ほどを支援しています。その他には、災害があったときに、10~20万円の支援物資を用意して、友人に被災地への配送を頼んでいます。これまで茨城や広島、新潟など、水害の深刻な地域を中心に行ってきました。児童養護施設に寄付している理由は、単純に子どもが好きというだけです。「子どもは未来をつくる」という思いや期待が強いですね。

Q12

自社の強み、面白い制度

強みは人脈です。ほぼ全業種とつながっています。お客さんじゃない人脈も合わせると1万人ほどいます。私1人で2,800社の顧客を保有していますが、そこにたどり着くまでには、その100倍の人と会っています。つまり28万人です。この人数には、名刺交換だけの一瞬で終わる関係は含まれていません。昔はひたすら名刺を配っていました。でも今は、向こうから来てくれるのを待っています。交流会やイベントでは、相手は儲かりそうな人を見ています「あの人と関わると儲かるんじゃないか」と思ってもらえる雰囲気が、私から出ているのでしょう。自分の話を聞いてくださいと頼むことはありません。そうなるためには、相手のために行動することを心がけています。東京に来て19年。トップを張る人たちと知り合い、今でも変わらずに付き合い続けていられるのも大きいと思います。

Q13

若者に望むこと、共に挑戦したいこと、メッセージ

「チャレンジをした方が良い」ということですね。「失敗しても、正解じゃなくても何の問題もないよ」「頭で考えるよりもダメ元でやってみたら」と言いたいです。新卒を採用している経営者と話したとき、今の若者は頭でっかちになっているという印象を受けました。特に日本の教育は、小中高「テストテスト」で、全般的な価値基準が「点数」で表されていると感じています。子どもたちを「可能性」で判断しないのは、かわいそうですね。「学校のテストだけが判断基準ではないよ」ということを伝えたい。逆に、良い点数を取っている子どもたちには、「学校の勉強がすべてではない」とも言いたいですね。

Q14

家族へのメッセージ

娘は来年中学1年生で、息子は小学1年生になったばかりです。2人の子どもたちには、元気に自分のやりたいことを見つけて、真っすぐ進んでもらいたいですね。妻には、子どもの面倒を見てもらっています。もともとコミュニケーションはよくとれていると思いますが、今後も変わらずに話し合いながら、一緒に子どもたちを見守っていきましょうと伝えたいです。旅行は家族としょっちゅう行っていますね。今年は初めてスキーに連れていきました。来年も連れて行こうと思っています。これからも家族で旅行を楽しんでいきたいですね。

COMPANY PROFILE

社名
株式会社MIT
設立
平成15年4月3日
業種
情報通信業、IT
事業内容
IT関連・通信機器販売・ITインフラ整備工事・設計デザイン・内装工事委託営業・クラウドサービス・Webサイト企画制作
提供価値
私1名で2,800社の顧客を保有しているので販売チャンネルが半端ない
本社
〒105-0002
東京都港区愛宕1-6-8 愛宕小西ビル6F
活動エリア
全国