SHACHO CARD SHACHO CARD

株式会社テラシーク

代表取締役社長

金森 公児

FAVORITE

PROFILE

  • 企業名

    株式会社テラシーク

  • お名前

    金森 公児

  • 生年月日

    1984/9/8

  • 出身地(都道府県)

    富山県

  • 出身校

    富山工業高校

  • あだ名

    金ちゃん

  • 自分の名前の由来

    元気に健やかに育ってほしい

  • キャッチコピー

    刺激と笑顔マシーン

  • 関わる全ての人の夢を叶える

  • 社名の由来

    TERA+SEEK
    テラバイトは創業当時無限の数といわれており無限の可能性を探し求めにいくという思いから

  • 人生成分6つのキーワード

    盛り上げ、ゴルフ、きときと、刺激、寝顔、現状破壊

  • 部活、特技

    サッカー部

  • 趣味

    ゴルフ

  • 尊敬する人

  • 好きな映画

    ラストサムライ

  • 人生のバイブル

    マレーシア大富豪の教え

  • テーマカラー

    黒白

  • ゲンかつぎアイテム

    日光東照宮のお守り

  • パワー飯

    焼き鳥

  • 好きなお菓子

    コーンポタージュスナック

  • 底力の源

    関わる人全ての不安

  • カラオケ十八番

    離したくはない

  • 苦しいとき励みになった経営のテーマソング

    燃える涙

  • 自分を動物に例えると

    サイ

  • 好きなファッションブランド

    無印良品

  • 子どもの頃の夢

    パン屋さん

  • 生まれ変わったら何になりたい

    クジラ

  • 休みの日の過ごし方

    息子とラウンドワン

CEO STORY

Q1

あなたをよく知る人物(家族・従業員・友人など)に紹介してもらってください。(他己紹介)

『感謝で生きる明るい苦労人』
▶主語はいつも「技術者」。SESとして派遣するメンバーに感謝し、常に「彼らが良くなること」を考えている。
▶金は天下の回りもの。技術者・お客さんに喜んで貰えばお金はいつか巡って来ると信じ、目先の損益は気にしない。
▶感謝は忘れず、苦労は忘れる。自身の苦労を笑い飛ばしながら、ゆとり世代の部下の考えにも柔軟に対応。
新人時代に出会って早10年、「技術者第一」を貫き、茨の道を承知の上で大きな責任を負った人間です。自身の苦労はおくびにも出さず、いつも陽気なムードメイカー。
私は彼に「兄さん」と呼んでもらっていますが、彼が一度だけ助言を聞き入れなかったことがありました。
怠慢が見られる部下を厳しく叱責するように話した時のこと「あいつにもいいとこあるんです」そういって譲らず、最終的には部下が輝ける新たな仕事を作るという判断をしました。経営者としては優し過ぎるかもしれませんが、真似できない寛容さと、人を信じる胆力を感じました。今では私の尊敬する人物の一人です。

Q2

上記であなたを紹介してくれた方はどのような存在ですか

三浦さんは僕が兄貴と慕っている方です。今の僕がこうしていられるのはその方のおかげです。僕が営業マンだったとき、三浦さんは保険屋さんをやっていて、人づての紹介でお会いして、それからの付き合いです。業種は全然関係ないんですけど営業を教えてくれて。悩んでいる時とか落ち込んだ時、仕事のやり方とかアドバイスをくれました。家族ぐるみでお付き合いしていて、唯一僕の全てを知っている人です。人のために全力を注ぐ、愛にあふれた人です。

Q3

事業内容を詳しく教えてください

IT関連企業様を中心としたお客様向けにシステムソリューション事業を行っています。経験豊富なエンジニアたちをクライアント先に派遣し労働を提供するSES(システムエンジニアリングサービス)という契約形態を取っています。現在フリーのエンジニアが200人在籍し、大手IT企業やメーカー等、各クライアント先で活躍しています。

Q4

どんな学生でしたか

中学を卒業した後は工業高校に入学しサッカー部に入りました。練習漬けで地獄のような日々を送っていました。中でも合宿が大変で、朝5時から夕方5時まで走り込み。ボールには触りません。監督の方針で「フィジカルでは絶対に相手に負けるな!80分最後まで走りきるんだ」という内容があったんです。全国大会出場を目指していましたがかなわず……富山県のベスト4まではいきました。

Q5

学生時代から社長になるまでの道のり(経歴)を教えてください

機械科にいたので高卒後は製薬会社の製造ラインのオペレーターになりましたが1年で退職し、営業をやろうと20歳の時に東京に出てきました。
最初はフルコミッションの訪問販売で浄水器や太陽光発電を扱う営業をしていました。毎日朝から夜中まで仕事をしていたんですが、そこで鍛えられて3~4カ月目ぐらいから売れるようになりました。やがて、自分でも事業をやろうと思い立ち、携帯電話でサプリや投資ソフトなどの商材を売る事業にどんどん資金を投じていたら、気付くとカード8枚がキャッシングでパンパン、借金まみれになっていました。でも「いつかは成功してやる!」と思いバイトを3つ掛け持ちして必死で生きていました。そんな生活を2年くらい続けたころ、27歳の時、士業の方に営業コンサルを提案する仕事を始めました。その会社のIT部門の担当だった方が、テラシークの大目社長(現在は会長)と知り合いで、僕も一緒にテラシークに入社しました。社長になったのは今から1年半前。ちょうど入社して10年という節目で、僕自身も責任を取れる立場になろうと思いました。副社長や周りのエンジニアにも後押しされ、社長に就任しました。

Q6

最近感情が動いたエピソード

ちょうど今日、10歳の息子から言われてショックだったのが「パパと全然喋ってないよね」という言葉で。全然家にいてあげられないからですね…。息子もサッカーやっているので試合を見に行き、週1回は時間を作るようにするなどなるべく一緒にと心がけています。息子は僕の原動力なので、共に過ごす時間を大事にしたいですね。

Q7

汗と涙の塩(CEO)味エピソード(経営における最大の危機)

テラシーク入社後、一営業マンとして働いていたのですが、前社長の大目は「好きにやっていいよ」と言ってくれていました。そんな感じでしたから、営業はもちろん請求書を作ったり契約書を作ったりということも自分でやっていました。ですが、今から5~6年前に、当時の社長と副社長がもめて決裂してしまいまして。もともと社長派と副社長派があったんですけど、決裂した結果メンバーが会社から離脱し、社員が2人だけになってしまいました。その頃、80人くらいエンジニアを抱えていたんですが、そのエンジニアたちに関する事務作業など何から何まで全部2人でやらなければならず大変な目に遭いました。

Q8

経営危機をどのように乗り越えましたか

社員が2人になってしまい「これは、会社まわらないぞ」と。そこで縁故採用をしていきました。「エンジニアはもうやめたい」と言っている人が見つかったので、事務をお願いし、その人が今の副社長です。営業も足りなかったので、ちょうど他社を辞めたいと言っていた女性社員に入ってもらって。その翌月には事務も足りないぞ、となったためまた紹介を受け入社してもらいました。一般採用をするようになったのは3年前からで、それまではずっと縁故採用でやってきました。

Q9

社員とのエピソード(名物社員紹介)、社員への思い

営業会社なので、社員の受注が決まって喜んでいる姿を見ると、当たり前だろうと思いつつも、やっぱり嬉しいですよね。プライベートについてもみんな結構いろいろ喋ってくれて。「彼女と別れました」とか「付き合いました」とか。いま会社の平均年齢は20代後半~30代ですが、最近は結婚する人も増えてきました。社員のライフステージがちょっとずつ変わっていくと嬉しいですね。
また、基本は社員一人一人に好きにしてもらっていますが、全責任は僕自身が負うつもりでいます。フリースタイルが好きなので社員には自由にやってもらって、もし失敗したら「あーあ」って言って(笑)、責任はこっちでとります。その人がやりたい、挑戦したいという気持ちを尊重したいからです。明らかに間違っていることは反対するけど、挑戦したいという気持ちには絶対に反対しません。

Q10

リーダーシップのスタイル

社員がやりたいことで、正直「これはきっと失敗するだろうな」と思うこともあるのですが、絶対に口出ししません。会社で巻き取れるぐらいの損失だったら別にいいかなと。
本来の契約があるはずなのに、平気で払い渋るようなことを言ってくるお客さんもいます。蓋を開けてみたらそういう案件だろうなというのは、最初から僕はわかります。でもやってみたらいいじゃないですか。
明らかに割の悪い仕事だなとわかっていて「エンジニア、大丈夫かな」という時にも口出しはしません。その結果、トラブルになったら僕がお客さまにもエンジニアにもどちらにも謝ります。もう全力で謝っている姿を見せます。実体験として、彼らに見てもらうことが一番いいと思っています。

Q11

事業を通して実現したい夢

社員みんなが自由に仕事をする中で幸せを感じてもらうことですね。本当に一人ひとりが自分の個性を出してくれればいいと思います。僕自身、中学の頃すこし荒れてしまったことがあったのですが、サッカーだけは唯一続けていたんです。それができたのも、母親が見守ってくれたからでした。介護士で夜勤も多い中、クラブチームで遠方に行かなければならない僕を送り迎えして家事も全部やって。辛いこともあったでしょうが愚痴をこぼすことはありませんでした。僕に対して、勉強しろとは言いませんでしたし、サッカーが好きだった僕を全力でサポートしてくれました。ですから、僕も社員にあれこれ強制するのではなく、社員一人一人が個性をいかして自由に仕事をし、幸せを感じられることが当たり前の会社にしたい。それが僕の夢です。

Q12

夢を実現するために武器となる社長の強み、こだわり

「いつかは成功してやる!」という気持ちを持ち続けられたことです。20代の頃、いろいろな事業に失敗して借金まみれになった時は、とにかくお金を稼ぐことしか考えてなおらず、必死で一日一日を一生懸命生きていました。そこで宝石販売をやりながらバイトを3つ掛け持ちしていました。夜中にはレンタカーの回送ドライバー、早朝5時には渋谷のクラブの清掃、スポットで運送業もやっていました。その時は自分にとっての「成功」=「お金」で、とにかく稼ぐことに必死だったのですが、今はお金よりも若い子たちが活躍している姿を見ることが喜びになっていますね。

Q13

社会貢献、地域貢献、SDGsに関して実行していること

エンジニアが働き甲斐を感じ、持続可能に働けるような体制を整えています。おせっかいかも知れませんが、エンジニア一人一人に月3回連絡して、今何をしているかを聞いています。恋人じゃないんだから、というくらい。また月2回は懇親会を開いています。仕事だけでなく、プライベートの悩みも全力で応援します!エンジニアのためになることであれば、僕たちは全力で応援するという思いが念頭にありますね。

Q14

自社の強み、面白い制度

月2回の飲み会に加え、お花見・ビアガーデン・ハロウィン・忘年会の「4大イベント」に力を入れています。特にハロウィンはみんな全力でやります。エンジニアには仮装を強制していないのですが、割とみんな仮装して来てくれますね。一昨年には福利厚生として宮古島にログハウスを買っちゃいました。屋上にはジャグジーも作って。支店登記をしており、ワーケーションができるようになっています。利用料は管理費のみで、周辺ホテルに比べたら安く泊まれるので、毎月利用者がいますよ。現地ではIoT(モノのインターネット)を使ったバナナ栽培などの農業を行うプロジェクトも進行中です。

Q15

若者に望むこと、共に挑戦したいこと、メッセージ

若い子たちが活躍することで稼げるようになり、調子に乗ってるなーと思うこともあるのですが、そういう姿を見るのが僕は大好きです。昔自分もそうでしたし、そのあと失敗したとしても人間は失敗からたくさん学べると思っているので。調子に乗る時がないと、何が正しいかわからないと思うんですよね。メッセージとしては「調子に乗ってくれ、調子に乗り続けよう!」ですね。
調子に乗ってるだけの人からは周囲が離れていくのですが、調子に乗り続けている人、そういう人には意外と周りから人が集まってくるんですよ。

Q16

家族へのメッセージ

家族には「こんな僕だけどありがとう」と伝えたいです。妻とは20代の僕がダメダメだった頃からの付き合いですが、当時から今まで、彼女は彼女でバリバリ仕事をしてくれています。息子には僕がなかなか家にいられなくて寂しい思いをさせてしまっているのですが、「パパともっと話したい」と思ってくれているようでありがたいです。唯一無二の家族を大切にしたいです。

COMPANY PROFILE

社名
株式会社テラシーク
設立
2001年
社長就任
2022年
業種
情報通信業
事業内容
IT業界で関わる全ての方の幸せを追求
提供価値
みんなの笑顔を生み出すことに全力を捧げる
本社
〒169-0051 東京都新宿区西早稲田2-18-20 VORT西早稲田6階
拠点活動
https://www.teraseek.ltd/
活動エリア
東京都
社員数
~10名
採用情報
https://www.teraseek.ltd/recruit.html